マリアの話2ー子供にどこまで真実を伝えるか?

お嬢さんへの対応に戸惑うNiをみて、マリアの事を思い出しました。これから書く事は聞きたくないと思う方もいるかもしれません。(と言えば,察してくださると思いますが)そう言う方はどうぞ読み飛ばしてくださいね!!

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マリアが誕生日の事で電話をかけて来て以来、私たちは行き来をする様になりました。当時レセプションだった息子とマリアの次男N君。プレイデイト(子供を一緒に遊ばせること)をする様になりました。

当時,私は学校から歩いて10分以内の所に住んでいました。週に何回もプレイデイトをするのが面倒なので(しかも男の子は大変)1日に3~4人,まとめて家に連れて来て、息子も合わせてみんなで遊ばせました。

そんな時は,親が付いてこないで後で家に迎えに来たり、早めに来てお茶をしていったり、一緒に来て子供が遊ぶ間お母さん達でおしゃべりをしたりするんです。

マリアはたまに家に遊びに来ては教育制度の話だの、学校のPTAであった事など話してくれました。彼女は先生だったみたい。とても頭のいい人でした。

次の年、クラス替えがあって家の息子とN君は違うクラスになりました。それからは学校で会うぐらいになりました。いつも元気だったマリアなのですが、だんだんと・・・

ある時、クリスマスパーティーがありました。低学年部は学校のパーティーにサンタがやってくるし、お母さん達がサンドイッチや(私は寿司とか)ジュースやケーキやらを用意して,パーティーの前には体育館に机を並べて,各クラスで用意をするんです。家から小さめのクリスマスツリーを持って来てテーブルに飾ったりして,結構お母さん達が盛り上がります。

息子のクラスはベアークラス。低学年部のクラスは動物の名前がついていました。学校に行ってから「あ、家には巨大な熊の縫いぐるみがあったんだっけ!」と家に戻り、大きな熊を小脇に抱えて学校に戻りました。

門の前でマリアに会うと,マリアは私をみて大爆笑。
「アナタにはいつも驚かされるわ♪」と。明るいマリアをみて私もニコニコ。

ところが・・・クラスが違うので長い間話せはしなかったんだけど、イラン人の友人Sはこの日にマリアと話をしたんだそうです。

Sにマリアが
「私はもう長くないの。」と言ったんだそうです。言葉に詰まったSは
「そんな事言わないで、まだ希望はあるわよ。」と言うと
「希望?いいえ、私にはそんなものはないの」と言い放ったそうです。

後日、Sは「貴女や私の国では,こう言った事を大ぴらに話す事ってタブーじゃない?でも,マリアってイギリス人だからか,とてもはっきりしているの。聞いていてなんて言っていいか分からなかったわ。でも、彼女はとても勇敢。私には出来ない。言えない。私が同じ立場に立っても。」と言っていました。

自分の先を見据えるなんて、自分がそう言う立場に立ったら出来るのだろうか?Sも私もそう思いました。

それから,マリアが亡くなりました。それでも日々は過ぎていく。毎日、毎日、生活は続いていくんです。

ある日,友人の子供、Ra君とKちゃんを預かる事になりました。2人はN君のクラスメイトです。息子と娘と4人を車の中にいれ、さて出発という時に、子供達の会話が聞こえました。

「今日、Nがお父さんも死んじゃうって言っていた~。」

ギョッとした私は,車を発進するのをやめて
「え?なに?なんて言ったの?Ra君?」

「え~?あのね~、今日ね、N君がね~『僕のお父さんも死んじゃうから、だから僕は自分の事は自分でしないと行けないんだ~』って言っていたの。。。」
「え?N君のお父さん、どこか具合が悪いの?」
「ううん。あのね、N君のお母さんがね,そう言ったんだって。『お父さんもいつ死ぬか分からないのよ。自分の事は自分でしなさい。自分で行きていける様に』って言ったんだって。」

愕然としました。マリアは自分の子供に『生きる』という事を伝えていたのです。そして『人はいつか死ぬ』という事も。

N君は当時,日本で言う小学2年生。N君にはお兄ちゃんのS君(当時5年生)もいました。

そしてS君のクラスのお母さんから聞くと、S君はとにかく母親をなくしてとても傷ついてしまったようです。周りがみていても痛々しい程。

それもそうだよね。家の旦那のお姉さんも癌で亡くなりました。当時ティーンエイジャーだった下の2人の息子(甥っ子)にも母の死は大きな影響を与えたようです。大きい子でもそうなんだもの、小さいともっと複雑かもしれないねえ。

息子と一緒に育った弟のN君。反対にN君は面白い、いつも道化ていてとても活気のあるクラスの人気者でした。

S君の学年ではないからS君の事を知っている訳ではないのですが、同じ痛み、同じ辛い状況に、同じ環境にいても子供によってこんなに違うのですね。

マリアらしいなって思いました。いい悪いは別にしても。

あの真っ直ぐな目で「真実」を伝えるマリア。勇気のあるマリア。社会の事を考えるマリア。

自分の子供にも嘘は言わなかったんだ。小さいからと隠したりはしなかったんだ。子供への影響はそれぞれ違う形で出たのかもしれない。それでも、あの真摯な生き方をしたお母さんの事,子供達は忘れないと思う。そう願いたい。

私も乳癌になった時には子供にすべてを話しました。こと、マリア(の事は覚えていないかもしれないけれど)や、もう1人の友人,お向かいに住んでいたスージーの事を知る子供達には隠しても意味が無いと思ったし、私もはっきり教えておいた方がいいかなと思ったもので。(スージーの事もいつか記事にしますね。)

手術の後の胸も直ぐ見せちゃったし、禿でウロウロ。「絶対に再発しないとは言えない、運が悪ければスージーの様になるんかもしれない」と言う事実も上の息子に言ってあります。(いや、そうならない事を祈るけれどサ)

おかげ様で家の子供達は何とも思っていないようです。ははは。将来、これが良かったか悪かったか分かるんだろうけれどね。(いや、家の子達はトラウマにはなりそうにないですけどね、思いっきりギャグ路線で生活していますので。)

それにしても,子供に言うか言わないか、どこまで公表するかと言う問題は,子供の性格にもよるのだと思いました。

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この記事へのコメント

ぴこるる
2011年11月29日 18:50
うんうん、子供の性格にもよるね。
母が動揺を見せずにどっしりと構えていれば子供に不安は伝染しないと思うんですが、年齢にもよるかな。
乳癌だってけっこう大丈夫だよ~、なんとかなるさ~って感じで私は生きてます。やっぱり母が笑ってないとお家が暗くなっちゃうよね?
2011年11月29日 19:38
>ぴこるるさん
そうなんだよね。後は年齢。うんと小さいお子さんだと,口で言わなくても何かしら感じるようで、ちょっとおかしくなったりすることもあるそうです。
でも、ある程度の年齢過ぎたら、ある意味、母の動揺次第な所もあるよね。
家も私が余りにも元気なので,周りが「乳癌って思ったより元気なのね」って言う様になりました(←どんだけ元気なんだか。。。σ(^_^;))
子供,家族の協力あって闘病できるんだもの、分かっていてもらえるに越した事ないよね♪
最近は息子まで禿母ちゃん呼ばわるするわよお~~♪
2011年11月29日 22:08
5年ほど前に見た「その日の前に」という映画では
主人公の母親が癌に侵され余命を宣告され
二人の息子には(小学校と保育園年長)最後まで隠し
臨終にしか立ち会わせない。
後で父親が子供たちに責められる
そんなストーリでした。
いろいろな考え方があると思いますが
正解がないように、残された子供には
必ず親の思いが届くと思います。
何があっても自分流でいきたいですね
2011年11月30日 11:19
>じゅん8008さん
本当に。実はもう1人の友人のスージーの時は,また違う状態でした。それもそのうちに書くけれど・・・。実際に色々な子供の反応を目の当たりにして来たので、ホント,子供によって,年齢によって違うんだな,って思います。
同じ兄弟でS君とN君がまったく違う反応な様に。。。
正解なんてどこにもないんですよね。だから自分流って言うのは賛成です。それが一番なんでしょうね。

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