うめの乳癌日記

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zoom RSS 誰かが生きたかった今日を、生きて生きて生き抜いて・・・

<<   作成日時 : 2015/08/03 11:25   >>

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久々の更新です。

少し近況を書きます。

2013年に旦那が病気になってから、旦那の会社は2014年には手ひどく旦那のコンディションを考えずに高い弁護士を雇って旦那を攻め続け、解雇を言い渡しました。自分たちが不当解雇を訴えられない様にする為には仕事上のミスをあげ連ね、攻め続けるのです。病人でも。医療機関からの「ストレスをかけては行けない状態を考慮する様に」と言う手紙はみんな無視。そしてGPの先生も今のイギリスはそういう事がまかり通りんだそうです。本社はイギリスではないのですが、長く勤めた旦那を現社長は見て見ぬ振りをして見殺しにしました。

精神的にも痛めつけられ、せっかくいい調子で回復していた旦那はコンディションが後退してしまいました。そして給料を止められ、退職金まで全て奪われ放り出されました。そこまでされ,今度は旦那は心臓まで悪くしてしまいました。2014年の5月から数ヶ月,何回も意識を失い救急車で運ばれました。夏に倒れた時、彼の心臓は歩く事さえ出来ないほどに下がったのです。緊急手術でまだ若いのにペースメーカーを入れざるを得なくなりました。

それまでいつ倒れるか分らない旦那を介護する為に,私は仕事に出る事も出来ませんでした。借金をして生きるしかありませんでした。英語が仕事レベルでは出来ない私に働く場所を探すのも大変な事でした。とりあえず,最低賃金で,パートを始めました。

日本人が嫌いなスタッフも居て、多分、かなりいじめられていると思います。でも生きる為だから、とにかく頑張って働き、引っ越しする為に準備をしたり、子供達への奨学金をもらう為にもボランティアも続け,子供達の学校生活もサポートする様になりました。

病気は残酷です。

私も抗がん剤の後はへろへろで2年間走る勇気がありませんでした。走る事に自信がなかったのです。ルーシーの散歩に行っても追いかける事さえ出来ない時もありました。旦那が心臓まで悪くしてから朝も起きれず居るのをみると、ああ、まだ体が戻っていないんだなって思います。

精神的にもかなり傷つけられ、去年一年は家族に取って大変な年でした。私も旦那も生活への不安,健康への不安の為のいらだちが募り、家族間の関係もかなり悪い状態でした。看護すると言う事、本当にいろんな事があります。

病気を容認する事は、実はかなり大変な事なんだと言う事に気がつきました。

旦那が自分が病気になってしまったと言う事をなかなか認める事が出来なかったのです。男の人はプライドが高いしね。

私は事ある毎に「ねえ、私のおっぱい、もう帰ってこないの。私の卵巣ももう無くなっちゃって私の体が前の様に戻る事はないの。でもそれを認めないと前には進めないの。だから貴方も前の様に健康に戻れるって思わないで。」と言っていました。

そしてある日、私も気がついたのです。旦那の病気を家族も簡単に容認出来ていなかったんだって。

仕事に行けなくなってしまった旦那。前の様にテキパキと動けなくなってしまった旦那。朝も起きれず、子供の事を学校に送り出す事も出来なくなった旦那。そんな旦那が以前と同じでない事に、私もゲーナもパンダも少しいらだちを感じていたのも事実です。その時は病気を容認出来ていなかったんだと。。。気がついたのです。

長い時間がかかりました。ストレスと苛立ち。。。旦那の事をすっかりかえてしまいました。些細な事ですぐに怒り出す旦那を見て、ある日、ゲーナにこういわれたんです。
「お母さん。お父さんは子供になっちゃったんだよ。だからさ、あんな風な物の良い方するんだよ。前はお父さんはもっとbe paitientだったよね。でも今はもう違うんだ。」と。
息子の一言で随分いろんな事に気がつきました。

今は少しずつ生活の改善をしています。子供の為に、この2人を成人にするまではなんとか後少し頑張らないといけないからね。。。。母として最善を尽くしています。

そんな生活だったのでブログからも遠ざかっていました。私はmixiも大好きで友人達と交流を深めていましたが、正直言ってここ暫くはコンピューターに触る事も出来ませんでした。忙し過ぎて。。。。

私の大好きなブロ友とも連絡を取りたいと思いつつ、結構疎遠になってしまった状態でした。

でも同じ状況をくぐり抜けて来た友人として私たちの絆はとても深いと思う。他の人には分らない事でも分ってもらえる友達。。。。ブログではなく、メールやメッセンジャーなどでたまに話をしていました。

ブログにも書いたけど、去年の10月17日、友人が亡くなりました。Facebookで大学時代以来、お付き合いを始めてまさかの再発。いきなりの事でショックを受けました。

今年1月。猫目さんの訃報を聞きました。お会いした事はなくブログだけのお付き合いでしたが、私に取って猫目さんはアイドルです。彼女の生き方、とても素晴らしい。私には真似の出来ない潔さ、頭脳明晰、お人柄の良さは本当に私の人生の指標となっています。

その時yannchanとも話していました。猫目さんは「希望と準備」、道しるべだと。

私たちはいろんな事を話しました。多くを語らなくても共通の痛みで分りあえる所があったと思う。

そんな彼女も辛い状況になったのは最近。多くの方がご存知の様に。。。。

遠いロンドンからはお見舞いに行けるはずもなく、ましてや家はこんな状況、旅行なんかに行けるような生活ではないのです。

6月11日。yannchanにFacebookでメッセージを送りました。返信がなくても良いから、とにかくどうしているかなって。。。。で、久しぶりにブログをみたら入院だって。。。。

本当にビックリ。

それからずっと毎日彼女の事を考えていました。

そして昨日。。。どうしても状況が知りたくて。。。。ユメちゃんにメールを入れたのです。ユメちゃんが「これは偶然?私も連絡しようと思ってた。ブログ読んだ?」って返信してくれたの。。。

yannchan、ユメちゃんの所に行ったんだね。そして私にも「もう行くね」ってきっと教えてくれたんだろうな。。。。

前回のブログで私は
『ふとyannchanの『誰かが生きたかった今日を、生きて生きて生き抜いて・・・』と言う言葉が頭をかすめました。』
と書きました。

もっと、もっと何かしてあげれば良かった。彼女が辛い時に「気休めに漫画でも送るよ」っていって結局実行出来ずに終わっちゃった。自分の生活,一杯一杯でなかなか出来なかったけど,それでも後悔は残る。。。。

どんなに辛かった事だろう。一人で戦って来たんだもの、、、、

だから。。。彼女の分も精一杯生きないと。。。

こんな状況なので凹むこことも腐る事もある、、でも‥‥

yannchanの座右の銘『誰かが生きたかった今日を,生きて生きて行き抜いて。。。。。』を今度は私が実行する番だと思ったのよ。。。。そして私はyannchanや猫目さんみたいにスマートにはなれないけど。。。でも彼女達を目標に。。。。

今日は私も再度『自分の人生を生き抜く事』を心に誓いました。がんばるよ、yannchan。いつか貴女の所に行くその日まで。

ありがとう。。。yannchan


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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
本当に偶然だったんだね。
信じられない小さな奇跡だね。
yannchanが呼びに行ったね。絶対‼‼
ユメ
2015/08/03 18:18
ユメちゃん、小さな奇跡。。。そうだね。。。
寂しいけどyannchanの生き方、忘れないで歩こうって
。。。私も生き抜こうと思ったよ。。。
ユメちゃん、そのままユメちゃんが頑張っている事続けてね!モヤモヤの会、多くの人を助けていると思う。yannchanのブログがそうだった様に。。。。
うめちゅう
2015/08/03 20:43

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