うめの乳癌日記

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zoom RSS 看護される側から看護する側へ

<<   作成日時 : 2013/12/25 12:50   >>

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随分のご無沙汰です。ご心配をかけて申し訳ないです。

今日はクリスマスですね。こんな聖なる日に暗い話で申し訳ないです。久しぶりに時間が出来たのであれからのご報告をさせていただきます。

9月27日から旦那が入院しましたと前の記事で書きました。

高血圧で前記の通り最高266まで行きました。救急では「血圧は急に下げるとそれはそれで危険なのです。」と言われ、点滴で血圧を下げていきました。

脳や心臓のMRIを取ったりして様子を見ました。

脳が腫れている状態になったそうで、暫くはぼーっとする状態でした。
お蔭様で脳梗塞や脳出血、くも膜下出血にはならなかったので、命には別状はありませんでした。

本当に神様に感謝です。

でも全く何もなかった訳ではなく、短期の記憶に障害が出てしまいました。高血圧によって脳の小さな部分に傷はついてしまったそうです。一時期でも血が滞ってしまったって事?なのかな?でも血管は傷ついた訳ではないので今現在は何も無いそうです。2カ所あって一カ所は右半身に影響があるはずだそうなんですが、運良く旦那の右半身に影響は見られないのです。

短期の記憶に関しては、例えて言うなら仕事で誰かが旦那に書類(新しい情報)を持ってくる。旦那がその書類を読んで分類し、どの棚(長期の記憶を留めておく脳)にファイルを入れるかと決めているうちに書類を無くしてしまう状態なんだそうです。だから『短期の記憶』の障害なんだそうです。

初めの頃は、勿論病人に色んな事は聞かないし、ちょっとトンチンカンな事を言ったとしても気にしませんでした。だって病人なんですもの。。。

更に脳波の検査(なのかな?電線を一杯つける奴)を最後にしたら『脳波のサインによると癲癇の恐れがある』と言われ入院が伸びました。癲癇なんて今まで全然なかったのに???

週明けまで今度は癲癇の薬も処方され、やっと半月以上の入院から開放されました。

振り返ってみるとよく頑張った。朝は子供達を学校に送り出すのに6時起き。お弁当こそ作らなくて良くなったものの、入院中は夕飯の下ごしらえをしてからルーシーの(行ける時は)散歩に行き、昼前には病院へ行きました。検査などがある場合や医師の話を聞きたければ早く(9時頃まで)行かないと機会を逃してしまうんです。プライベート医療と違って患者の為に割く時間が無いんですよ、NHSは。

週に2回は子供の部活で遅くなるのでお迎えに行ったりしないと行けません。更に1日はその後にすぐに習い事があるのでゲーナを習い事先まで送ってその足で病院へ逆戻り。

子供達は私がした下ごしらえを料理して自分で夕食を作り、食べて宿題をしてお風呂に入って寝る生活。私は夜の9時まで病院に付き添い、それから運転してスーパーに行って11時頃まで翌日のお買い物。洗濯、その他の事をして寝るのは毎日12時過ぎでした。

今まで自分が看護されて来た側なんだけど、だから余計に旦那が入院していて付き添いが居ないと辛いと思ったので(入院中、私も寂しいと思った事がしょっちゅうありました。特に私は個室だったので誰とも話せない。。。。)出来る限り、側にいてあげようと思ったからです。

看護する方も大変なのねー。。。本当は入院中に「なんでもっと早く来てくれないのよー」と思う事も多々あったのですがちょっと反省。あの頃はパンダももう少し小さくて、とてもとても子供だけで置いておけない状況だったものね。

今やゲーナよりもパンダの方がしっかりとしているので、ご飯は殆どパンダ任せ。ゲーナ、しっかりしろよーって思っていました。まあそれでもゲーナも週1のゴミ出しとか手伝ってくれる様になったけど。

そして退院してからは、旦那はよく寝ました。体力が無かったのね。そうね、私も翌1日中寝ていたもんなあ。手術の後も、キーモの後も、放射線の時も疲れるときは疲れていたもんなあ。。。考えると、今こうやってうんと動いている事が信じられないぐらい、私も体力無かったっけ。

不思議な事に早起きだった旦那なのですが、退院後はめっきり朝に弱くなりました。おかしいな?と思っていたら、今度は血圧がとーっても低くなってしまったんです。上が90台なの。。。それって私が低血圧だった時の数値。。。。

高血圧だった時は下の血圧が90台だったのよ〜〜〜。そりゃあ、体がビックリするわー。

あー、色んな事があり過ぎて順番が前後するんだけど。。。。

実は3ヶ月は休養が必要とドクターに言われて、退院してからどうして良いのか途方に暮れていた所、NHSのセラピストさんが連絡を取ってくれました。

先にも書いたんですが、脳に小さな傷が2カ所と言いましたが、入院中も色んな人が入れ替わり立ち替わり来て、旦那に質問だの検査だの体の運動機能のチェックをしていました。1つはフィジオロジストというセクションの人で、私もセンチネルリンパを切った後に体のリハビリをしてくれました。フィジオロジストも来てくれて検査をしたのですが、体の方には全然問題がありません。(今の所。)これも運が良かったよね。なのでフィジオロジストさんは違うセラピストさんがこれからリハビリをすると言っていました。

入院中は私も良く分かっていませんでした。NHSの病院の中でもティーチングをする病院で、経験のある教授が若い医師団を抱え、患者の前で若い医師達に病人に関しての見識、判断に関して質問したり,それに関しての答えを言ったりする様な事が多く、もの凄ーく難しい専門用語がバンバン飛び交うので、はっきり言って先生方がどんな話をしているのかが分かりませんでした。

私も食い下がって色々と質問をしたのですが、時間も無いのでサッサと次の患者にいってしまいます。

そんな訳で漠然とした状況しか分からず退院したのでした。お医者様には「少なくとも3ヶ月は仕事に戻れる状況ではない。後はその後の検診で神経科の先生の先生が仕事に戻れるかどうかを判断してもらう。」と言われていました。

不安。これから先、もしも治らなかったら職を失うかもしれない。そうなったら家のローンは払えないから引っ越しも考えないと。その前に私の闘病中に荒れてしまった家、どうしましょう!!旦那の看病、毎日の生活でただせさえ余裕が無いのに!!

その先に生活はどうしよう?私が働く?英語もろくに出来ないのに?在宅の仕事ってあるのかしら?

子供達、大丈夫だろうか?今までと同じ生活を保障してあげられない。今やっている習い事も土曜教室も学校の合宿代とか?払えなくなってしまうかも。。。。

後から後から心配事は増える一方。それに日々の生活でやる事も増える一方。そんな中での退院。旦那もまだまだ弱っていて、途方に暮れていた所でした。

セラピストのMさんが電話をくれた時は本当にありがたいと思いました。これから何をどうして良いかも分からない状況。旦那の病気に関しても良く分かっていなかったのでMさんの往診はとても助かりました。

Mさんが初めて家を訪問してくれた時に、やっと旦那の症状を詳しく理解出来ました。上記で書いた短期の記憶の障害に関してのたとえもMさんが教えてくれました。(病院の先生と違って一般人の私達にも分かりやすく説明してくれます。)

そう言えば、K先生は初めの頃、私が乳癌に関して調べていちいち質問する事を非常に不思議がっていました。今回も病院では何人かの先生方は私が質問する事を不思議そうに思っているようでした。(中には面倒くさそうにする先生もいたなあ。)

知識の無い一般の人に医療を説明するのが大変だからなのかしら?

それでもK先生やJ先生は私の質問にとても丁寧に答えてくれます。これはプライベートだからなのかもしれません。NHSではそんな時間が無いと言うのが現状なのでしょう。

とにかく、Mさんのお陰で何をどういう風にリハビリすれば良いのかが分かりました。

実際、Mさんに言われて初めて気が付く事も多かったのです。病人に一々「30分前にどんな会話をしましたか?」なんて聞かないでしょう?

それでビックリした事は退院当時の旦那は、下手すると2、3分前の事さえ覚えていられなかったんです。Mさんが3つの単語=例えば「リンゴ、鉛筆、クッション」などのありふれた物=を言い「覚えておいてくださいね」と念を押すの。

それからありきたりの会話をしてしばらくしてから「さっき私が行った3つの物は何だった?」と聞くのです。

これ、実は私も出来ないかも〜。。。と横で聞いていて思っちゃった。キーモブレインのせいか、タモキシフェンのせいなのか。。。。。

しかし、確かに10月末には旦那の記憶力はそんな物でした。それから気をつけて旦那の反応を観察して色んな質問をする様に心掛けました。

入院中に記憶がもうろうとした時がありましたが、初めのお医者様の説明だと脳が腫れているので今はこんな状態だけどしばらくして腫れが収まったらこういう「混乱状態」は元に戻るからと言われていました。

よく観察しているとまだたまに「混乱」することもあるようでした。そしてそれとは別に「短期記憶障害」がある感じ。

Mさんの指導によると、まずは日記を書く事からはじめました。

ここで一番困ったのは(今もそう言う傾向があるけれど)本人は短期の記憶障害があるので実は退院当時何で自分が病院に居たか、どうして今はこんな状態なのかさえ理解していなかったんです。

高血圧によって脳が腫れている時の記憶はありません。

なので、今まで自分が全部頭の中に入れていられた情報を一々メモに取ると言う作業が馬鹿げて居るかの様に思えるみたいなんです。

その当時は前記の通り、血圧をコントロールする薬の量が多過ぎた為に血圧ももの凄く低くなり、今度は低血圧の症状である「朝起きれない」「活動出来ない」「寒がる」「手足が以上に冷える」などの症状が出てしまったのです。

Mさんの指導で今度はGPにお願いして緊急で先生に会って、薬を減らしてもらいました。今は毎日血圧も測っています。

薬を減らしてからは旦那もどんどん元気になって体の方も元気になってきました。

リハビリの方は「日記を書く」から始まりましたが、とにかく書く事を嫌がる旦那。なので簡略化して要点だけを書く様な日記を付ける様に言われました。(例えるなら便利手帳にあった出来事をメモして行く様な感じ?)

これが進歩に繋がったかな。

コンピューターも何台もあったのですが、Mさんは「まずは1つのデバイスを使いこなす様にしましょう。」と言ってiPhoneからはじめる事にしました。

旦那のiPhoneには大量のアプリが入っていたんだけど、今必要と思われるアプリを全部1ページ目に持ってきて、そこから使う様にし始めました。

予定などの将来の事は「カレンダー」に入れ、実際に会った出来事は「メモ」に入れる。

忘れる事は人間、よくある事だと思う。私も自分で記憶力が低下したりしているのは良く分かるから、そう言えば良くカレンダーやメモを使う様になったっけ。。。

そして、旦那の記憶って不思議な物である時はそこにあるんですよ。

ある時はまるで何も無かったかの様に普通にコンピューターの事でも何でも分かっている。でも暫くするとまた記憶喪失みたいに分からなくなる。。。。

Mさんの説明だと「ロングタームメモリー(長期の記憶)を保管する部分は傷が付いていないのだから、新しい情報を処理出来ないだけなんです」との事でした。

知り合いにお嬢様が赤ちゃんの時に一瞬息が止まってしまい、生き返ったけれど脳に傷が付いてしまい、やはりお医者様に「どんな障害が出るか分からない」と言われた方が居ます。お嬢様はもう立派な大人になり、しっかりと普通に生活をしています

その方が私にこう言いました。
「Ume、記憶はそこにあるのよ。無くなった訳じゃないのよ。そうね、まるで旦那様の本棚の本を誰かがバラバラに入れ替えた状態だと思って!時間はかかるけど、本人が自分の本を元の位置に一つ一つ戻して行かないとダメなのよ。でも、記憶が無くなった訳ではないのよ。」

なんだかとても分かりやすい表現でした。そしてこの言葉は私に勇気と希望をくれました。

正直、かなり凹んでいました。2011年の正月から母の死、乳癌の宣告、全摘、抗がん剤、放射線、卵巣摘出。。。かなり明るく立ち向かってきたつもりです。再建手術に失敗してもそれでも頑張ってきたつもりです。でも思いもかけずに父が亡くなって流石に限界だったかも。母の葬儀から1回も生きているうちに会うことのできなかった父、そんな父から大金を援助してもらってした手術も失敗。だったら父が自分の為に使えば良かったのに、なんて私は親不孝なんだと悲しい気持ちで一杯でした。

鬱になって家族にも迷惑をかけました。
夏になってそれがやっと吹っ切れてこれからは頑張るぞと思っていた時の出来事だったので、本当に本当に凹みました。

旦那が入院してからは看護+生活。体力的にも精神的にもボロボロだったかも。。。

それでもMさんや友達に励まされ、こうやって状況はどんどん良くなって来ています。
Mさんに言われて、私も自分のカウンセリングの算段もしました。前みたいに1人でゆっくりカウンセリングと言う訳にはいかないので、電話で出来る物です。2回ぐらい電話で話し、私にどんなサービスがして欲しいのか聞いてくれたので『自分を鬱に持って行かずに気分を明るくする方法を教えてくれる』と言うサービスをお願いしました。そのうちにかかってくると思います。

そうして今まで毎日毎日積み重ねてきました。

旦那の記憶はどんどん回復しています。記憶が長くなってきたとでも言うのかな?忘れっぽいのは治ると保証出来ないと言われたけど、それでも10月末に比べると長い!ヒントを言えば「ああそうだったね」と思い出す様になってきたのです。

そして先週はとうとうMさんを卒業しました。日常生活はもう大丈夫だと言われました。今度は仕事復帰のお手伝いをしてくださるCさん(同じセラピストさんです)と一緒に1月から少しずつ(週1の午前だけ・・・から)会社の環境に戻る事になります。

今はその為に、私が「メモ!メモ取って!」と横でヤイヤイ言う生活です。それで喧嘩になる事が多々あるんだけど。。。。でも喧嘩出来る内が華よね♪

めまぐるしい毎日を通り抜け、やっとクリスマス休みになった途端、大風邪を引いて数日間寝込みました。

疲れが一挙に出たんでしょうね。39.5度以上の熱も出てウンウン言ってました。今日はやっと復帰して、明日旦那の実家に行く為にグースを焼きました。

今日ね、旦那に謝ったの。だってプレゼントが買えなかったんだもの。そうしたらね、旦那が
「ダーリンと僕がこうやって生きることが出来て、そして子供達が健康なら、それだけで良いよ。それだけで幸せだよ。」
と言いました。そうだね、本当に。感謝しないと。。。。

読んでくださってありがとう。ご心配をおかけしました。毎日頑張ってます。
あまり明るい記事ではないのでせめて写真で!今年のツリー
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パンダは今年が最後のサンタさん。(我が家はティーンエイジャーになると大人に近くなるのでサンタさんは来ません。)サンタさんの為にホットミルクとチビケーキを置きました。パンダがデコレーション!サンタさん、食べてくれるかしらね?(その前に、来るのか?!)
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Have a nice Christmas and I hope you and your family have a pleasant, enjoyable and very Happy New Year!!

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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
メリークリスマス!!
大変だったね、でも結局ラブラブで安心しました。
どうしているかなと思っていたよ。看病しているうちに自分の病気どころじゃなくなって、それはかえっていいことなのかもしれないね。ただ、働き過ぎには気を付けてね!!
ユメ
2013/12/26 01:13
>ユメちゃん
なんか、それがよく喧嘩になる(爆)病人には忍耐が必要なんだけど、なまじ本人が元気な物だから。。。
看病する側だと確かに自分の病気どころじゃないんだけど、ヤバいなーと思ったのは薬の飲み忘れ〜。旦那に薬を飲ませている間、自分が忘れちゃってさ、初めの頃。。。。
今は大丈夫だよ〜。
毎日毎日一歩一歩だね!頑張るよ〜。
うめちゅう
2013/12/27 08:44
メリークリスマスのメールも出来ぬまま、ごめんなさいね。寒いし、どうされてるかなぁと思いお邪魔しました。お久しぶりです。
今年もいろいろなことがありましたね。
うめちゅうさん、がんばりすぎ。(仕方ないけど…)
ご主人も順調そうで何よりです。喧嘩できるのも幸せなことよね。

病み上がりなのにクリスマスのことも…。
うちもサンタはもう来ないので、ツリーも出さなかったわ。ダメ母よ

今年は悲しいことがあったけど、お会いできてうれしかったです。
来年はうめちゅうさんがゆったり過ごせる時間が持てますように、お祈りしています。
よいお年を…新年もよろしくお願いいたします。
れんこん
2013/12/29 20:17
うめちゅうさん、
ブログアップしてくれてどうもありがとうございます。
そして遅ればせながらメリークリスマス!
ずっといいニュースが聞けるように願っていました。
うめちゅうさんも旦那さまも本当によく頑張りましたね。
精神的にも肉体的にもきつい毎日だったことと思います。
ブログを読ませて頂くだけのつながりですが、
最近のご様子から少し明るい陽射しがさしてきたようで
本当に嬉しく思いました。
2014年がうめちゅうさんご家族にとっていい年になりますように。



タマラ
2013/12/31 19:32
>れんこんさん

私もメール無精でごめんね〜♪

忙しいけど忙しい内が華なのかもしれないなって思った。それだけ元気になった証拠だもの。これが治療中のときはへたってなんにも出来なかったんだからね。私が元気になった頃に旦那の番って、実は上手く出来ているのかもしれないよね。。。。

喧嘩出来るのが幸せって本当にそう思う。やっぱり夜中にふと目が覚めて、横ですーすー寝ている旦那をみて何度安心した事か。この程度ですんで本当に良かったです。こうやって一緒に年を越せる幸せ、本当に噛み締めないとね♪

去年も一昨年もツリー出さなかったよ〜〜。私も駄目母で〜〜す。

本当に、皆に会えたのも元気の元です!とても楽しかったよね!また日本に行く事があれば是非!飲みにいこうね♪

みんなも頑張っているから私も頑張れる!来年も頑張ります!

2014年がれんこんさんにとっても良い年であります様に!来年もよろしくね!

うめちゅう
2014/01/01 08:10
>タマラさん

ご心配かけました!本当に励ましてくださってどうもありがとう!

先学期が怒濤の学期だったので、寝クリスマス、寝正月を決め込んでいます!体力を溜め込んで来学期は更にもう一歩前に進めると良いと思って!

きっと前の生活に戻れます。旦那がそうなれる様に頑張る!そうしたらオフ会しましょう〜〜!

もうすぐ年が明けますね。タマラさんも今はテレビの前かしら?

2014年がタマラさんにとっても素晴らしい年になります様に!!
うめちゅう
2014/01/01 08:20

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