うめの乳癌日記

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zoom RSS 旅立ちました。

<<   作成日時 : 2013/02/19 19:45   >>

驚いた ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 8

皆さん、ご心配かけました。

先週一週間は毎日こちらの時間の朝、ゲーナが学校に行く前の時間に義兄がSkypeをしてくれたので、ネット上ではありますが、毎日お見舞いの様に父の顔を見る事が出来ました。

水曜日は声は出せないとは言え手を上げるなどの動作の出来た父でした。子供達の言葉に何か言い返そうとしていました。

木曜日は酸素マスクで酸素を沢山送っていたけど、父は40年もヘビースモーカーで右肺には膿がたまった状態なので呼吸する事があまり簡単な事でなかったのかもしれない。。。詳しい事は分からないけど、姉の説明では脳に二酸化炭素がまわって意識が朦朧とするらしい。

金曜日は前日よりはいい状態になっていたんだけど、それでもたまに意識は混濁するとの事。この日から姉はお医者様に泊まり込む様に勧められる。

土曜日の朝(こっちの時間)、子供達と話をして頷いたりしていた父でした。でも苦しそうなので短めに切り上げる。

そして日本時間の17日朝6時25分。父は他界しました。

今回は義兄がSkypeが出来る様になったので、最後の瞬間、父をSkypeで見送る事が出来ました。これは母の時とは大きな違いでした。姉と義兄に感謝です。死に目に会えないと思っていたのでこれだけは本当にありがたかったです。Skypeをこんな風に使うとは思わなかったけど、個室だったから出来たことかもしれません。それを許してくれた病院の方々にも深く感謝しています。

父がいよいよと言う時、実は私は今週中にもこうなる可能性があるかもしれないと言う事で学食のオバちゃんをしている土曜日教室に来週は行けないかも知れないと思っていたので、土曜日にコストコやウェイトローズで私がいつもしている買い出しの乾きもの&飲み物を買って来て土曜教室の中の棚の中に入れていました。

その前に父に数日前にお見舞いの手紙をゲーナとパンダに書かせたんだけど、それを特別な速達で送る為にステイプルっていうお店にも行ったんだった。。。遅かったね。。。

土曜日にその棚の整理をしているのは私なの。詰め方は私しか知らないので、物の仕舞い方をカメラに収めて学食ニュースで他のボランティアの皆さんに教えておけば良いかなと思いました。

土曜日は学校の方で催し物があったみたいなんだけど、その合間を縫ってジュースやチョコ、ポテトチップスを棚に詰めました。

姉と携帯のメールで連絡を取っていました。日本時間の夜中の2時ごろ(こっちの夕方6時頃)のメールで
「意識はかろうじてあるんだけど、お母さんの最後の時の呼吸になって来た」とあり、
4時50分には
「取りあえず行ったん落ち着いた。旦那来てくれたからひと眠りするよ」とメールが来ました。

棚の整理の終わりの頃だったんだけど、良かった、と思って作業を続けました。全てを終えて、車に乗ったのが日本時間5時7分。ポンとメールの音がするので開くと
「もうすぐみたい」
の一言。

「え?落ち着いたんじゃなかったの?」ってメールを打って返した後、
16分には「スカイプしたい?」ってメール。

iPhoneからスカイプしました。懸命に父話しかけて、旦那はいそいで家に帰る様に運転してくれました。旦那と2人で父に声をかけて、向こうでは姉も声をかけて。。。。

家に着いたらゲーナとパンダにも声をかけてもらいました。時たま、反応はあるんだけど、それが呼吸なのか、父が意識があるのかは分からなかった。

途中、思いついてパンダのギターも聞いてもらう。少しは聞こえたのかしら?反応はあったんだけど。。。。

最後は家族全員で私は泣きながらiPhoneに向かって声をかけていました。

最後に姉が「もう良いんだよ、お父さんは頑張ったんだよ。もう心拍数も止まっているの」と教えてくれました。私達は画像で父の顔しかみれなかったのでモニターに示される事は分からなかったの。

入院してから1週間。あまり苦しまずに逝けたと信じたい。きっと今頃は、虹の橋まで母とロイ(昔飼っていた犬)や他のワンコが迎えに行っているのかもしれない。2人と数匹で今頃綺麗な虹の橋を登っているのかな?

あの父の事だ、母に自慢しているかもしれない。孫達が特別演奏会をしてくれた事。

飛行機のチケットを変更したり、土曜教室の用意をしたり、ルーシーを預ける算段とかしなきゃいけないので、日曜日すぐには飛べないなあ。日曜日からゲーナは学校の合宿があります。合宿は行かせよう。そして19日には帰って来るので20日にすぐに発って1週間でこっちに帰るつもりです。

姉ともお葬式の予定を立てなくてはならない。これからやる事が沢山です。

でも,姉は子供達の為に日帰り旅行もしようって言っています。子供と孫では感じ方も違うよね。悲しいは悲しいだろうけど身を切られる思いは無いんだろうな。そう言う物かもしれない。

姉ははるばる遠くからわざわざ来るのに、子供に取ってつまらないお葬式だけでは可哀想と思っているようです。

それでも我が家では唯一の孫なのでしっかりと父の骨は拾ってもらいたい。

外国に暮らす様になっていろんな習慣の違い、考え方の違いに遭遇します。人種も色々だし、宗教も色々です。でも友達に日本のお葬式を説明すると、ギョッとする人も意外に多いんですよ。子供に(いや、子供じゃなくても)亡くなった後の体をみたり焼いた後の骨を拾うと言う事は外国の人にはとても生々しい事のようです。

そして私は改めて日本の習慣について考えてみる事になります。ユダヤ人の友人Jが母の時に言いました。ユダヤのお葬式では特別な儀式があるらしいのね。(確か石の上に座るとか?なんだったか忘れちゃったけど。。)

彼女は「ああ、それは私達と同じね。死ときちんと向き合うって言う事なのね。」と言いました。

そして誰かの背中をおしてやる際の常套句に「お前の骨は拾ってやるぞ!」という言葉を聞きますよね。
それはこの葬儀の形式から来ているんですよね。父も母の時に子供達(自分達の子孫)が骨を拾ってくれて母が喜んでいると言っていました。父もきっとそう思ってくれる事でしょう。

祈ってくださってありがとう。父は楽になりました。

こんな時だけど、時間さえ許せば会える友人には会ってきたいと思います。なかなか日本には帰れないからね。。。。

今は落ち着きました。やはりその時を待つ間が一番辛いんだなと実感しました。親は辛いんじゃないか?苦しいんじゃないだろうか?と言う気持ちと、親を失いたくない気持ちとが複雑に入り乱れて胸の内は苦しかったと思う。癌で随分前から覚悟が出来ていた母の時も辛かったけど、今回の様に全く予測をしない状態でたった一週間で逝ってしまう状況にも唖然とし、悲しくも辛くもありました。

もうすぐ父に会いにいきます。


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コメント(8件)

内 容 ニックネーム/日時
うめちゅうさん、お久しぶりです。ブログ、ずっと読んで励まされています。ありがとう。

私も10年前に父を亡くしました。私も外国にいました。

お父様を思って合掌しています。心の中のお父様の顔は笑っていますか。きっとそうでしょう。うめちゅうさんのような娘さんを育てた方ですから、愛情深い人だったでしょう。

大事なご家族のもとへ無事に帰ってきてくださいね。
ゆきこ
2013/02/21 16:56
うめちゅうさん、心よりお悔やみ申し上げます。どうぞ気を付けてご帰国くださいね。

最後まで聴力は残るといわれています。きっと、お父様には皆さんの演奏や声が聞こえていましたよ。賑やかに送り出してあげられて、良かったですね。

ユダヤのお葬式は、確か「固い椅子に座る」だったような気がします。ソファとかは置いてないのです。
猫目
2013/02/21 22:36
こんなにつまらないブログなのに、どうしてランキング参加しているのか気になりました。
しろ
2013/02/22 10:33
ご愁傷さまでした。
こちらに戻ってこられたかしら、とおもって
コメントを書いています。
大変だったね。ほんと、ここ1.2年怒涛だよね。きっとうめちゅうさんのこと、帰国中人の3倍ぐらい働いたのだろうな。時間があるときまた話そうね。
ゆき
2013/03/26 06:29
>ゆきこさん

大変遅いお返事、申し訳ありません〜。

どうもありがとうございます。やっと落ち着きました。本当に色んな事がこの2年であったと思います。自分の気持ちに整理をつけるのに時間がかかりましたけど、少しずつ回復しています。

ゆきこさんもそうだった様に誰もが通る道なんですよね。してあげられなかったことに対して悔やむことは多いけど、前を向いて行かないといけないなって思いました。

本当にありがとうございます。
うめちゅう
2013/05/08 02:14
>猫目さん

大変遅い返信、申し訳ありません。
無事、四十九日も終える事が出来ました。

色んな人に「Skypeにそんな使い方があったなんて!」と驚かれました。でも最後にその場にはいられなくても、父の側にいられた様な気持ちになれました。そうですね、最後の最後まで孫の声は聞こえていたことは幸せなことですよね。母にはしてあげられなかったことです。

ユダヤ人の友人を見送った事があります。シナゴグではタルムッド(聖書?)は半分英語、半分ヒーブルでした。ユダヤのお葬式は日にちを待たずにすぐにするんですよね。

日本のお清めの塩に相当するお清めの水みたいな物あったのを覚えています。

親族を思う気持ち、どの国でも一緒ですものね。。。

やっと吹っ切れそうです!
うめちゅう
2013/05/08 02:30
>しろさん

詰まるとか詰まらないと言う観点でブログを書いているのではないので、どうかご容赦を。

私と同じタイプの乳癌の方にはなにがしかの手がかりになると思ってブログを書いております。そう言う方の参考になれば良いと思っているので、他のタイプの乳癌、または癌ではない方に取ってはしろさんの仰る通りつまらないブログだと思います。

つまらないと思う物を読み続けることの方が苦痛なので、つまらないと思われた方はわざわざ読みにこないと思いますよ。ですので、どうかご容赦を。
うめちゅう
2013/05/08 02:36
>ゆきちゃん

この間は電話をどうもありがとう。元気になったよ!近々こちらでもオフ会をしましょうね。
うめちゅう
2013/05/08 02:38

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